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 はじめて書きます。ドラムです。
 あまり面白いことは書けませんが、お手柔らかにお願いします。

 さて、ぼくはまだ大学のサークルでもタイコを叩いたりしているので、最近の新歓のシーズンで色々な人と話をしました。
 毎年、新入生で興味を覚える人の割合は2~3割程度の印象ですが、今年もそうでした。
それはともかく、この時期に毎年思っては、いつの間にやら意識の窪みに沈んでしまうのがタイトルの言葉、「初心忘るべからず」です。

 基礎練のあれこれを訊かれるたびに、あれこれと教えながら、「自分はそれを、どの程度やっている?」と自問します。
 
 高校のころ、絶望的なタイム感のなさを恥じてはじめて基礎練を見直したときの感覚を、また大学に入ってから、セッションで打ちのめされて基礎練を見直したときの感覚を、なまじっか色々なバンドで演奏できるようになると忘れがちになってしまったりします。

 楽器の基礎練は一種禅的なすがすがしさを得られます。自分がたしかに音を出しているのに、その音を出している自分の肉体が自分に属するのか、音に属するのか、楽器に属するのか、あやふやになる感覚。楽器/音との境界線の融解。

 自分と楽器との間にはっきりと隔たりがあって、出る音もよそよそしかった頃のフラストレーションを思い出すことで、基礎練までをも含めた楽器との楽しい付き合いができそうだということ。
 言葉にしてしまえば単純なのに、それ自体つい忘れがちなこと。

 「この練習は、これこれが出来るようになってからにしよう」と足踏みをする必要があまりなくなってきてからこそが、基礎練の醍醐味なのかもしれません。

 そうしたことを自我に目覚めた中学生のように神経質に、自分に言い聞かせてみるのもいいな、と思いました。

 もちろん、基礎練の如きことは楽器以外のいろいろにも適用できますね。
 
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