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ここのところ、情報量の多い日々が続き、自分でも整理がついていません。
ともかくも、タワーオブパワー(TOP)体験から得たものは多かったと思います。これからはもっとフィジカルネスに磨きをかけていきたいと思います。

さてそのTOP打ち上げのさい、会場(とある会社社長宅)で偶然[?]見かけ、心臓を打ち抜かれたように虜になったのが鳩山郁子の作品群です。



以前、当ブログで萩尾望都の作品を紹介しました(2010年11月14日)が、幼少時から長年親しんだ愛着も霞んでしまうのではないかと思うほどの衝撃を受けました。

とりわけ『カストラチュラ』の存在感が凄いですね。


中国のような架空の国のお話。
革命後、肉食を「他の生き物の生命を屠り、消費する」蛮習として払拭した進歩的生活習慣を取り入れる"新興勢(シンシンスー)"系の学校に通う「茅(マオ)」という名の少年が、革命以前は纏足・去勢を施された美童として皇帝のおきにいりであったが現在は消滅した宮中文化の残照として歌い続ける、老いた去勢歌手(カストラート)「夏洛蒂・林(シャーロット・リン)」と出会う。茅の友人「舒力(シューリー)」は学校では表面上は"新しい習慣"を守っているが、旧貴族である実家で慣れ親しんだ肉食を離れがたく、"分断市場(カッターマーケット)"と呼ばれる郊外の非合法食肉流通市場で働く「鸚儿(インアル)」に時折掛け合ってはひそかに調達してもらっていた。茅と舒力、ふたりの少年の人生は、"頽廃"と規定され排除されてしまったふるい文化の残り香に触れてしまったことから思い掛けない方向へと転がっていく…。

だいたいこういったあらすじなんですが、王朝のグロテスクな頽廃美を、「過去あったものの想起」として描くときの描写が実に美しい。たとえば、
「見るがいい、現代(いま)の凡庸な聴衆共の面々を/自然体を凌ぐ程の人工美を全てに求め、心酔した時代が過ぎ去った今、あの聴衆の中の一体どれだけの人間が彼の稜角反射の一面を垣間見る事が出来るというのかね?」
とは、劇場の観客に挑発された夏洛蒂が嘲るように"王朝風"の古歌を期せずして披瀝してしまったときに、観客の反発を予期して呟いた座長のことばです。

charlotte_ling.jpg
↑"稜角反射"

他にも中盤に登場する「纏足(チャンスー)を飄(ひるがえ)し、千秋板(ブランコ)に乗っている七十余人の少年達」の幻なども、漫画表現の妙ともいうべきもので、興味をお持ちになった方は是非お手にとって御一読下さい。
(※ただ、萩尾望都に比べるとグロテスク成分とアクが強いので、そういったものに抵抗を感じる方へはおすすめしかねます)

しばらくはDaniel Zamirなどを聴きながら鳩山郁子作品に親しもうと思います。

融解建築メンバーによって昨晩行われた「研究会」については、ここではコメントせずに措いて擱筆とします。
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