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2011.11.30 暖かい日
奈美です。

今日は11月最後の日やというのに、すごく暖かくて昼なんて22度にまであがっていました(゜o゜)
変に気候があったかいと地震の前兆というそうなので、ちょっとこわいですね。。

地震がくるにあたってなにをしておくべきか考えたのですが、とりあえず楽器は常にもっておこうってことと、あとはあられもない格好で寝ない。とかですかね。。
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2011.11.29 気散じ
学祭で企画もののバンドを2つやりました。
片方はDir en grey、片方はジャズカルテット。

まあそれはいいんですが、OBの方々がLUNA SEAやSTEVE VAIを演奏しておられ、改めてそれらの楽曲からの汁の分泌ぶりに驚嘆した次第です。

時代が下っても魅力を放つものには汁が感じられることが多い…

そこでふと思ったのですが、世にクラシックと呼ばれるところの西欧古典音楽という奴は、実はその多くが"汁"の煮凝りのようなものではないのでしょうか?


この仮説はごく荒いもので、もう少し分析が必要です。
汁とはなんぞや?というところから話すと僕にもまだよくわかっていない点が多い上、長くなること必至なので、寝ます。おやすみなさい。
 ハサンです。

 何と言うか、僕は自分の人生を基本的に毎日楽しんでいるんですが、必ずしもその楽しい毎日が充実しているわけではないなあ、と、毎日がアクティブで充実してそうな人を見て思いまして。いや、「歩くペースは人それぞれ」とか「『何もしない』も大事」とかそういう痒い話は置いといて、要は時間を有効活用しているかってことです。
 で、充実させるにはどうすべきか(したいかどうかはさておき)、そもそも充実とは何か、などとちょっと考えてみたわけです。まあ、これ自体がダラダラと暇を持て余している行為な気もしますが。ともかく。
 人間の行為を『やりたいか否か』と『やらねばならないか否か』という2つの軸で分類しますと、全ての行為は

(A)やりたい&やらねばならない
(B)やりたい&やらなくてもよい
(C)やりたくない&やらねばならない
(D)やりたくない&やらなくてもよい

の4象限に分かれます。で、充実度とは、この4つの割合と優先順位によって決まると思うのです。
 普通、人にとってDが最下位なのはまあ当然でしょう。しかし、他3つはかなり個人差があるように思います。
 僕の場合、まんまABCDの順番です。下手したらBACDの感すらあります。どちらにせよ、BがCの上位にきています。つまり、やりたいことを優先してやらねばならないことを後回しにしているわけですね。
 一方、充実した人(僕の考えた超人)は、理想的にはACBD、理想どおりとはいかない場合でもCABDでしょう。重要なのは、BよりCが上位にきていることです。やりたいことよりもやらねばならないことを優先しているわけですね。
 C→Bタイプの場合、やらねばならないことをやっているので、いざやりたいことをやるときにも充実して行えます。例えば、しっかり働いてるから趣味に金がかけられるとか(C)、しっかり練習してるからちゃんと演奏出来るとか(A)。これは「楽しくて充実している」状態です。素晴らしい。勿論このタイプには、不幸にしてやりたいことをやる余裕が無い場合もしばしばありますが、その場合でも「楽しくないけど充実している」といえるでしょう。(だから「本当の豊かさとは」とかそんな話ではないですよ)
 ところがB→Cタイプは、やらねばならないことを疎かにしているので、やりたいことをやるにせよ思うようにいかないことも多く、刹那的な快楽でごまかしながら「楽しいけど充実していない」状態か、ややもすると「やりたいことをやっているのに楽しくない」状態にすら陥ります。
 では僕は如何にして毎日を楽しんでいるのか。ここに、上記の2軸に『やるべきか否か』という完全に恣意的な軸(※)を加えます。そして、やらなくてもよいけどやりたいことのうち、実際にやったことについて「やるべき」と正当化するのです。「酒は精神をリラックスさせコミュニケーションを円滑にするから飲むべき」とか「本や漫画は創造性を磨くために読むべき」とか(笑)。これによって、自分の行為に意義があると(錯覚にせよ)思うことが出来、時間を有効活用しているかのような気分になれるのです。あ、やりたいけどやらなくてもよくてやるべきでもないことは、一応我慢しますよ。レコ屋の商品を無料で持ち帰ったりとかしません。
(※他の2軸は「やりたい⇔やりたくない」「やらねばならない⇔やらなくてもよい」と2元に分けられるが、「やるべきである⇔やるべきではない」はそうではないことは注目に値する)
 さて、まあ僕の言い訳はともかく、このZ軸を導入すると、一気に分類が複雑化して面白いです。「やりたい&やらねばならない&やるべきではないってどんなん?」とか(結構深い)。また、やりたくもなくやるべきでもないことをやらねばならない(やらされている)人ってのも、結構いそうなことに気付きます。これは怖いなあ。過労死なんてまさにこの回路ですかね。アイヒマン実験や『ひかりごけ』の恐さも、これに通じるかもしれません。
 ………すっかりまとまりの無い文章になりましたが、結局、「僕は時間を無駄遣いしている」(メタ的にも)ということです。しかしまあ、こんだけ駄文を連ねといて何ですが、「今日出来ることは先延ばししない」的な意見が幅を利かせる中、藤子不二雄A先生の「明日に延ばせることは明日やる」というお言葉を座右に銘じている僕は、これからもなるべくヌルく生きていきたいと思います。

 ………ああ馬鹿馬鹿しい。
 ご無沙汰です。タンバです。

 先日神田氏と話していて、意外と音階と周波数の比率について、一般的にあまり認知されていないのかな、と思いましたので簡単に纏めてみようかと思いました。


 「1オクターブ上」というのはギターであれば弦の周波数が2倍になり、そのさらに1オクターブ上は更に2倍、つまり
2オクターブ上は4倍の周波数になります。

 そして、減5度(=増4度)のそのまた減5度上が1オクターブ上、2倍の周波数になるので、減5度上は2の平方根倍(2^(1/2)倍)となります。

 では、半音上はどうなのか。
 12回、半音上げると1オクターブ上になるので、周波数は12回繰り返すと2倍になる等比数列になります。つまり、半音上は2の12乗根倍(2^(1/12)倍)となり、約1.05946309倍となります。

 弦の振動数と長さは反比例するので、ギターのフレットは、ブリッジからの長さが、前のフレットの約1/1.05946309倍になるよう配置されています。

 工作でもしたい気分なので、自分でギターでも作ってみようというかという方はご参考までに。
 ちなみに木琴の場合は、周波数は音板の長さの二乗に反比例するようです。まあ、密度が一定でないので実際に作るとなると微調整が必要になると思いますが。ややこしいですね。

 さて、明日の(正確には今日の)神戸108でのライブが今年最後のライブになります。
 この後は来年まで予定がないので、しばらくお会いできなくなってしまいます。新曲も引っ提げて行きますので、是非お越しくださいませ!乞うご期待!
のライブとなります。本当に、早いものです。

尺は長くはありませんが、その中で最大限の密度を担保したセットリストとなっているはずです。
今回お披露目となる新曲は、あっという間だった一年の短さへの述懐も込めてお送りします(尤もまだ一ヶ月半残されてはいますが)。
"Swift as a whirlwind"、ときことつむじかぜのごとし。

明日2011.11/15(火)は神戸108へ、ぜひおいでください。
2011.11.12 108!
こんばんは奈美です!

来週火曜日11/15は、融解建築年内最後のライブ@神戸108ですよー!
Beatnyx に時間かかりすぎて、かなり久しぶりの新曲披露になります。。

万を辞して、ついに「あの人」のソロが・・・!!!
お楽しみに☆
神田です^^


今日は僕がやっている別バンドTHBのライブでした。

このバンドは融解建築とはかなり方向性が違いJAM-ELECTROという位置付けでデジタル機材等を多用したインストバンドです。

対バンのバンドさんがたまたま某音楽サークル関係の方で客席に予期せぬ形で見知った方もいらっしゃりびっくりw



少し前まで個人的に融解建築とTHBではバンドカラーが対極で求められる部分が違って難しいな~と思っていたのですが最近色々見えてきた結果本質的には求められる部分はほとんど同じだなという結論に至りました。。


結局は基礎あるのみ!!

まだまだこんなもんじゃ全然足りない!!!!


今月は13日にTHB。そして15日は融解建築とライブが後2本あります!

この2本の本番で一つ前のライブよりもどれだけ高められるか!!

そして今後どこまで高みに行けるか!!

精進あるのみです!!

こっからも気合入れていきますよー!!^^


では!!
 ハサンです。

 伊丹ALWAYS、来て頂いた方どうもありがとうございました。いやー、Djamra凄かったですね。楽曲の難しさなんて言い訳にもならない、あれくらい余裕綽々で演奏出来るようになりたいものです。

 さて、今日(もう昨日)は、アドリアーナ・カルカニョットの大阪公演を観に行って来ました。いやあもう、素晴らしく良かったですよ! 間違い無く今年観たベストライブ筆頭です。
 最新作の『O Microbio do Samba』の曲をメインに演奏したのですが、バックはダヴィ・モライスのギター(たまにカヴァキーニョに持ち替え)、アルベルト・コンチネンチーノのベース、ドメニコ・ランセロッチのドラムという最小限の編成(まさに微生物)ながら、出てくる音の何と豊かなことか! アレンジも、アルバム(名作にも拘わらず)とは全く違い、熱く、それでいて洗練されたものでした。カルカニョットの歌が最高なのは言わずもがな、バック3人の手練の分厚くも繊細なグルーヴ。楽曲以外でも、曲のつなぎにコンチネンチーノとモライスが楽器のボディを叩いてドメニコとリズムセッションをしたりするだけで、「何人パーカッショニストがいるんだ!?」ってくらい。
 そして、何でも楽器に、グルーヴになります。例えば、スタッフのお姉さんが持って来たティーセット(カップやスプーンや)を、カルカニョットが曲に合わせて並べ替える、それでもう踊れちゃいます。
 特筆すべきはドメニコのドラム。バスドラとスネアのみ(シンバル類その他も皆無)という超絶シンプルなセットなのに、そんじょそこらの点数の多いドラマーが及びもつかないくらい多彩な音が。当然基礎技術は前提なんですが、皮やリムや胴を様々に叩き分けて(スナッピーのスイッチだけで既にグルーヴが!)、あたかも幾つものパーカッションがあるかのよう。そして左足! スナッピーのコントロール(足でシームレスにオンオフするシステム)だけでも凄いのに、サンプラー(同期ものではなく、ギロとかスルドとか生楽器のサンプル)まで左足で操ってて、それが足用のパッドなんかではなく普通のMPC-1000。あのボタンを足で…(しかも緻密なドラムを叩きながら)!
 勿論、ドラム以外の演奏も、楽曲自体も、申し分無いんですよ。その上で更に、小ネタも多いんだなあ。カオシレーターを鳴らしながら(しかも上手い)踊ったり、先述のティーセットも茶運び人形宜しく奇妙な動きで運んだり、帽子を持ち出してビリージーンよろしくステップを踏んでみたり、紙吹雪が舞ったり(スタッフのおっちゃんがそのためだけにステージに撒きに上がりました)。そうそう、カルカニョットが鳴らしていた音源を突如ドメニコに渡し、それを鳴らしながらドメニコとコンチネンチーノが退場(ステージ袖は無いので客席口から)すると、ステージ上で歌とギターだけで曲が始まるなんてのもありました。年配の方も多く最初は(日本人的に)おとなしかった観客も、終いには全員手拍子(しかもクラーベ)、スタンディングオベーションです。
 圧巻は、中盤の“Pode se remoer”、モライスのギターソロが盛り上がっていって(凄く緻密にエフェクターを踏み、徐々に歪みと音圧が増えていく)、バックも盛り上がっていって、やおらカルカニョットがドライヤー(髪を乾かすやつです。開演前からステージ上にあって気になってた)を持ち出し、モライスの前の譜面台の紙を次々に吹き飛ばす、ソロの盛り上がりとともにモライスの周りに堆く降り積もる白い紙…。小さな会場で小さな編成、照明や音響もほぼ何もしてないのに、断然ドラマチックでしたよ。
 …ああ、あの凄さを全然伝えきれない! ああ、ああ…。まあやっぱり音楽はライブですね。

 そんなわけで、この興奮のままに飲み、酔い、今に至るのです。明日友人の結婚式で受付をやらなきゃならないんですが、起きれるかなあ…。

 まあ、なるようになるさ。今んとこ、オブリガード世界!
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