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奈美です。
先日1月25日は、第3回多次元演奏会に沢山の方々お越しいただき、ありがとうございました

私にとっては最後のステージでしたが、ライブは新しい融解建築のスタートとして希望に満ち溢れたものになり、嬉しく思います。
一重に、ここまで4年間支えてきてくださった皆様のお蔭です。
本当にありがとうございました。

いろんな事を経験させてくれ、学ばせてくれた融解建築にはまさに、お世話になりましたの一言につきます。
「ほんま、かなりお世話したわ!」というメンバーの声が聞こえてきましたが


にしても、ツインフルート楽しかったですねーーーーー!!!!
楽君は本当に素晴らしいフルーティストです
もちろん人としても
短い期間でしたが、今回ご一緒させてもらい私は勉強させられっぱなしでした

いつか、融解建築の良きライバルとなって皆様の前に現れることができるよう、これからも諦めずに粛々と精進致します
それでは、また逢う日まで

奈美
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2013.06.12 うた
こんにちは、奈美です。

こないだの続きは、一旦おいといて。

融解建築はいわゆるボーカルの無いインストバンドです。
でも私はボーカルのような立ち位置にいるので、フルートで歌と対等の表現力と存在感を出せたら、そこにさらに楽器特有のフレキシブルさがプラスされ、ボーカルを越えられるんじゃないかと信じています。

よく、歌と伴奏楽器(ピアノでも、オケでも)の演奏のとき、歌手が歌い終わってバックが後奏に入ったとき、拍手が起こることがあります。オペラなんかでも、アリアを歌いきったとき、まだオケが演奏してても拍手が入ったりします。
ところがこれが楽器+楽器、例えばフルートとピアノ、バイオリンとピアノとかの場合、途中で拍手が入ることは少なく、ちゃんと曲が終わるタイミングで拍手が起きることが多いように思います。

が、つい先日あったちょっとした本番で、フルートが吹き終わってピアノの後奏に入ったとき拍手をもらいましたヽ(´▽`)/
嬉しかったです。歌のように聞いててくれたのかなぁと思って。

声を越えて歌になって、更には音楽に、昇華したいなぁと思います。
2013.05.13 続き
奈美です。
私とフルートの続き♪

中学3年生、フルートしたい欲が高まった私は、今までのお年玉の貯金と足りない分を両親に助けてもらって、サンキョウのエチュードというモデルを買ってもらいました。
吹奏楽部の友達に教えてもらいながら、家でピーピープープー手探りで練習しました。

その時期に、母方のおばあちゃんが亡くなりました。おばあちゃんの形見は、パトリックガロワ氏の名曲集のCD。
クラシック好きだったおばあちゃんが、私がフルートを初めたと聞いて、聞く日を楽しみに買ったCDだったのです。
正直、そのときはキレイだなという印象しかうけず、本当にガロワ氏の演奏に衝撃を受けたのは大学に入ってから聴いたCPEバッハのCDなのですが、いま思うとこの頃から擦り込みは始まってたのかもしれません。

高校2年生の終わりごろ、初めてフルートを習いにいくことにしました。
ちゃんと習い初めたことで突然気が大きくなった私はいきなり「音大行きたい」に飛躍しました。
家族びっくり。

その頃まだ楽譜もカタカナふってもらわないと読めなかった私がなんとか下から2番目の成績(※後日、先生談)で滑り込み合格したのはピアノの先生のご尽力や、高校の先生、両親達の協力があったからこそですが

ここまで書いて気づいたけどこれ全部書こうと思ったら相当長くなりますので、とりあえず今回は2回にわたって書いたフルート始めたきっかけ編でした。
その後のことはまた気が向いたか書こうかと思います(^-^)/ではまた

2013.05.12 出会い
こんにちは、奈美です。

5月ですね。私は今月で○○歳になります・・・(;´Д`)

フルートと出会ってからは、かれこれ14年の月日が経ちます。
今日は、そんなフルートとの出会いを書いてみようかと思います。

小さい頃私は絵描きさんに憧れていて、買ってもらった絵の具セットをもってせっせと写生に出かけるような子でした。中学生になったら美術部に入ってもっと本格的に上手になろうと夢を膨らませていたのですが、美術部に入ってみるとアニメ&漫画好きが多くスケッチブックを開けば瞳キラキラの女の子がいっぱい。。(そうでない人もいたと思うけど大部分がそのように見えた)
そんな環境がなんとなく肌に合わず部を変わることにしました。席の空いている部はソフトボール部と、吹奏楽部でした。
ソフトボール部は自分のこと「僕」とか言っちゃう女子になりそうだし吹奏楽部にしました。

初めて吹奏楽部にいったときのことは今でも覚えています。
全員でロングトーンをしていて、私はバスドラをメトロノームに合わせて四分音符を叩くだけでした。
ところがそれが、超絶楽しかったのです!
みんなの音に自分の音が加わってひとつになっている感覚に感動して、楽しくて楽しくて仕方なかったのです。
それから私は打楽器に夢中になりました。

音楽も、それまで全く知らなかったので少しでもたくさんの曲を知ろうと、夜はラジオでクラシックチャンネルを毎日聞き続けました。
そんなある日、ラジオで流れた曲に一瞬で心奪われてすぐにテープの録音ボタンを押しました。
それがベルリオーズのオラトリオ、キリストの幼時でした。
フルート2本とハープで演奏される夢のように美しい世界が大好きでテープが擦りきれるほど何度も聴きました。

吹奏楽部のフルートの先輩が美人だったこともあり、私は次第にフルートに惹かれるようになっていったのです。

というわけでおねむになってきたので、次回へ続く。
2013.04.13 教訓


すっかり桜も散って葉っぱになってしまいましたが、風はまだまだ冷たいですね。
皆様いかがお過ごしでしょうか(^-^)
奈美です。

今朝5:30頃、携帯が聞いたことないけたたましい音で鳴り、びっくりして起きると「警報、激しい揺れに注意してください」と表示され、間もなくしてぐらぐら揺れだしました((((;゜゜)))
京都は震度3ほどだったみたいですが、独り暮らしだと結構怖いのと、携帯にそんな機能があることにびびりました
今まで寝ているときに起きた地震では、揺れる直前にふと目が覚めたことが何回かあって、野生の勘的なものを期待してたのですが今回はそれよりもさきに携帯の音で起こされてしまいました。
こうやって文明が第六感を衰えさせていくのか…とか寝ぼけながら思ってもう一度寝ました。

そしたら、その後単純な私は津波がくる夢をみました。
私はなにかビルのような建物の中にいて逃げ惑う人々に巻き込まれて恋人とはぐれてしまい、一人で外にでます。
津波だから高いところにいかないと行けないのに何故かパニックになり民家と民家の隙間に縮こまって、恐ろしいものがくるのを待ち受けてました。
そしたら民家から浅野忠信と家族がでてきて、こっちこっちと言って高い丘のうえに連れていってくれました。
津波が町にくるのを眺めながら、そのとき初めてあぁそっか高いところに逃げればいいのかと気づきました。
そして月日は流れ(夢なので時間がワープした)、ある日幼なじみと町を歩いていたら、津波以来連絡がとれなかった恋人が、別の人と楽しそうに結婚式の衣装を選んでいるところに遭遇し、そこで目が覚めました。

というわけで、色々勉強になる夢でした。

でもなんで浅野忠信やったんやろう。。。


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